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代官山、鎌倉を経て南紀白浜へ-“しなやかな人”水野雅弘さんの選択-

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29歳で東京・代官山にコンサルティングファーム(現・株式会社TREE)を起業。生活拠点は東京、鎌倉を経て、2011年に和歌山県みなべ町、田辺市、そして今は白浜町へ。以来6年間で、200本を越える映像制作と10冊以上の移住・観光パンフレット制作など地域プロモーションをサポート。2012年には、一般社団法人グリーンエデュケーションを立上げ、ICT技術を取り入れた子どもの教育にも携わる。

水野雅弘さん(58)は、南紀白浜空港からのフライトを活用して、鎌倉とのデュアルワーク(Dual Work)を営んでいます。デュアルワークとは、2つの地域を行き来しつつ、仕事と生活を営むこと。デュアルライフや二地域居住とも呼ばれます。

お会いした印象は、しなやかな人とでも呼べるものでした。水野さんの話には、「仕事を通して地域とつながる」ための、実践のヒントが転がっているように思います。水野さんの選択とは。

<水野さんのスタイル-仕事を通じて親しくなる->

水野さんは、2011年にみなべ町に住みはじめ、田辺市、白浜町へと紀南らしい暮らしを創り上げ、6年とは思えないほど数多くのプロジェクトを形にしている。

200本の動画制作、10を越える自治体の移住促進パンフレットやインバウンド向けのガイドブック…

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はじめに、水野さんの仕事観をうかがってみた。

「人には人それぞれの役割があります。仕事という切り口から見ても、農業を営む人、山の手入れをする人、木から木工品をつくる人、自分でカフェをはじめる人… 。色んな人がいます。そうした中にあって、農家でも、職人でもない私のようなタイプが移住したときには、どう仕事を生んでいくのか。まずはコミュニティに入って、地域課題の解決を一緒に考えていく。そうして関係が生まれていく中で、自治体や地域からお声かけいただき、お金にもつながっていく。という感じでしょうか」

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<白浜と代官山、「通勤できるじゃない」-デュアルワークのはじまり->

では、水野さんのデュアルワークはどのようにはじまったのだろう?みなべ町で生活をはじめたのは、2011年のこと。“生活の実践”というキーワードがあった。

「株式会社TREEでは、GreenTVJapanという環境メディアを自主運営しています。持続可能性をテーマに、世界を映像で紹介してきたんです。自分が子どもをもうけたタイミングも重なり、家族自らが、自由かつスローなライフスタイルを“実践”しようと思いました」

2011年に株式会社TREEの本社を代官山から神奈川県・横浜市へ移転。通勤圏内であらたな生活の場所を探していった。小田原、大磯、伊豆… 同年、より深い自然のある土地を探す中で、妻の知人が住む和歌山へ。二人ともはじめて訪れた土地だった。南紀白浜空港を活用することで、「通勤できるじゃない」と気づいた。以来、生活の拠点を白浜町に。そして神奈川では、企業のコンサルティングを営むデュアルワークがはじまった。

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現在も、週に1度は鎌倉へ。1月のうち1週間は和歌山を離れる。移動手段は飛行機。南紀白浜空港は、自宅からもオフィスからも車で10分ほど。

20代から「働きかた」「オフィス環境」をテーマに、仕事に取り組んできた水野さん。SOHOオフィス、テレワーク、やとわれない働きかた。大企業の働く環境の設計… 幅広いコンセプトを国や企業に提案してきた。

「そうした中にあって、自分がどこでも働けることを“実践”しようという思いもありましたね」

とはいえ、移動交通費がとても高くつくのでは?

「たしかに、一定の移動交通費はかかります。ですけども、鎌倉や代官山に不動産を持つことと比べたときに、トータルでどれだけコストが変わるか。白浜町に家を構え、圧倒的に、住居費が抑えられたんですね。一般論ですが、向こうで5,000万円程度の広さや設備の家が、こちらでは1,000万円台で見つかることも。4,000万円変わりますよね。10年の間、毎週飛行機で東京と和歌山を行き来したとしても、それほどはかかりません」

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水野さんは、貨幣だけでなく、時間も資本だと捉えている。

「通勤時間という“ロス”を考えたんです。鎌倉に住んでいたときは通勤時間が往復3時間かかっていました。今は往復20分です。1年で考えると、どれだけの時間が手に入るか。同じことは、週末の過ごしかたにもいえます。鎌倉から箱根へ行こうとすると、渋滞がつきもの。今は30分でキャンプに行けます。豊かさ、時間配分のありかたが全く変わります」

<200本の映像制作を通して、子どもが変わる、大人が変わる、やがて地域が変わる?-ICT×教育で誇りの種を蒔く->

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「こちらに住みはじめると、熊野の文化を伴うグリーンな自然環境は非常に価値が高いと思ったんですけれど。かつて東京にいたとき、環境メディアを運営している私にも、その情報に触れることはほとんどなかったんです。これは世界に発信していきたいと」

2012年に一般社団法人グリーンエデュケーションを立上げ。AR(拡張現実/Augmented Reality)といった最先端のICT技術を取り入れつつ、子どもたちのふるさと教育、ICT教育に取り組んでいる。

「田辺市立田辺第三小学校からはじまったんです。次に、田辺市の教育委員会から声がかかりましたが、予算はありませんでした。そこで、パナソニック教育財団に申請をしてみましょうと。予算どりから取り組んでいきました」

那智勝浦町の市野々小学校や勝浦小学校でも、基金を使ってESD授業を行った。

ESD(Education for Sustainable Development)とは日本語にすると、持続可能な開発のための教育。

「生徒たちがふるさとを調べた内容をもとに、生徒自身が語る地域物語をプロのクリエイターが撮影・映像編集を行いました。この授業が、文部科学省が主催する国連ESDの10年間記念シンポジウム発表校に選ばれたんですね。表彰式に参列するため、東京・渋谷の国連大学へ行ったんですね。子どもたちが喜んだだけではありません。その様子が、朝日新聞で全国に紹介されると、がらっと変わったのは親の意識でした」

そうして、実績を積み重ねていく中で、地域の信頼が生まれていった。やがて、自治体や、県からの仕事も受注するように。現在は、TREE立上げメンバーである長谷川さん、そして現地採用の小山さん含める4人が白浜の本社に席を構える。

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<熊野に拠点を-星の時間、熊野×マインドフルネスなゲストハウス->

2017年9月には、熊野でゲストハウス「熊野マインドフルハウス 星の時間」をはじめた。

「鎌倉にも海山里はあります。では『熊野にしかない何か』とは。熊野へ移住した人たちの思いが深いんです。『熊野はこういう場所だから、自分もやってきたい』。熊野が中心にあって、惹かれる人が多いと思います」

歴史をたどると、この土地は、熊野詣が行われてきた土地だ。

「今は熊野の旅の主流は、1泊2日で本宮、那智、高野山を回るというもの。本来、長期滞在をすることで、魅力が感じられる場所だと思うんです。そこで、長期滞在のための拠点を一つ置こう。アクティビティとして、マインドフルネスを取り入れたんです」

しなやかに、次々とあらたなプロジェクトを立ち上げていく水野さん。最後にたずねてみる。「仕事ってなんですか」。

「白浜町で家を買ったとしても、住みはじめたばかりのわたしは“よそもの”。はじめは、知り合いもいませんでした。外から移り住んだ人間にとって、仕事は、地域の人と親しくなる手段ともいえます。相手との距離がだんだん縮まり、信頼と関係が生まれる。ですから私も、『仕事をとる・とらない』という表現より、『ご縁ある仕事をする』といったほうがしっくりくるんです」

(写真と文 大越元)