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南伊勢をあるくvol.6五ヶ所浦編(三重県)

五ヶ所浦(ごかしょうら)をあるく

町内で最も多い人口1,505人(H30.3月時点)が暮らす中心市街地。スーパーやコンビニ、飲食店が並ぶ。「伊勢の南玄関」とも言われ、伊勢市や玉城インターチェンジからも近い。


阿曽浦編から始まった「南伊勢をあるく」の連載。贄浦、内瀬、迫間浦、神前浦と続き、今回が最後となる。

「南伊勢町って、どんな町?」という質問に一言で答えるのは難しい。

38の集落があり、それぞれに魅力的な人が住み、独自の文化が根付く多種多様な南伊勢町。「南伊勢をあるく」では各集落を歩きながら、ぼくが見たありのままの風景を読者の皆さんに伝えることにした。

この連載が、ぼくにとっての「南伊勢町」なのだ。

移住者が営むシーカヤック

梅雨真っ只中の取材当日、運良く晴天となった。朝9時、五ヶ所浦にあるサニーコーストカヤックスへ集合。出迎えてくれたのは、サニーコーストカヤックスのお2人。

左が本橋さん

代表の本橋洋一さんは埼玉県出身で、2013年の独立開業を機に夫婦で南伊勢町へ移住した。現在は3歳のお子さんの父でもある。

そして、南伊勢町地域おこし協力隊の丸尾航平さん。「ガイド業で生きる『シーカヤックインストラクター』事業」の募集にエントリーして、2020年4月からスタッフとして働く。

今回は2人の案内のもと「カヤック半日体験ツアー」に参加して、五ヶ所湾の風景を見に行くことに。このプランでは、カヤック未経験者も、安全面の心得から、乗り方・漕ぎ方まで基本から教わることができる。

ライフジャケットを装着したらいよいよ出発だ。カヤックを引きながら集落を歩くこと3分。五ヶ所川の河口に到着した。

楓江の異名をもつ五ヶ所湾

本橋さんと丸尾さんに教わりながら、沖へと漕ぎ出した。波の立たない入江を、カヤックはスイスイと進んでいく。

赤い灯台のふもとに浮かんでいると、本橋さん。

「五ヶ所湾は、カヤックにとても適した場所なんです」。

楓(かえで)の葉のようにキザギザした美しい地形にちなみ、“楓江(ふうこう)”と呼ばれる五ヶ所湾。本橋さんは、入江ごとに変化する景色が五ヶ所湾の魅力だという。

陸を振り返ると、五ヶ所浅間山が見える。さらに向こうには、伊勢神宮の内宮が位置する。五ヶ所川は、伊勢神宮の神宮宮域林と南伊勢町を分かつ剣峠から、切原集落を経て五ヶ所浦へと注ぐのだ。そう考えると、時々かかる水しぶきの一滴が、何だか神聖なものに見えてくる。

鳥のさえずりを聴きながら珈琲タイム

五ヶ所浦の隣、飯満(はんま)集落のある半島の先。海からしかアクセスできない無人の浜に上陸し、休憩をとることに。

「五ヶ所湾の魅力は他にもあります。人工音がない環境って珍しいでしょ」。本橋さんの一言で、あたりの音に耳を澄ませる。聞こえるのは鳥のさえずりだけ。動力船もほとんど通らないから、船のエンジン音もない。

本橋さんは、どうして五ヶ所湾にベースを構えたのだろうか。

本橋さんと南伊勢町のご縁は、2010年まで遡る。「第10回伊勢エビシーカヤックマラソン」という大会に、当時勤めていた会社のスタッフとして運営に携わったことがきっかけだった。

大会を通して五ヶ所湾の魅力に気づき、南伊勢町でカヤックインストラクターとしての独立を考え始めた。移住は偶然で、住んでから気づいた魅力も多いという。

そんな本橋さんは、大の珈琲好き。「珈琲はお客さんへのおもてなしであり、ぼくたちの福利厚生でもある(笑)」と本橋さん。

珈琲を淹れてくれたのは、スタッフである丸尾さん。

丸尾さんは神奈川県茅ヶ崎市出身。海のある環境で育った人は、意識せずとも海を求めるのだろうか。沖縄での飲食店勤務を経て、友人の紹介で南伊勢町へ辿り着いた。

「ゆくゆくは、カヤックと料理を絡めた仕事を作っていきたいです」と丸尾さん。

自分の趣味・スキルを掛け合わせて、町に新しいナリワイを作ることで、今までの南伊勢町になかったものが生まれていく。

休憩を終えて、ふたたびカヤックを漕ぎ出す。

南伊勢町の沿岸部は伊勢志摩国立公園に指定され、リアス海岸の入江が続く。楓江という言葉通り、入り組んだ海岸線は、次々と新しい表情を見せ、冒険気分を引き立ててくれる。

こうして、2時間半の体験ツアーはあっという間に終わった。そして、沖から眺めた五ヶ所湾の景色はいつも以上に雄大で、身体が自然に包まれるようだった。

ぜひみなさんにも、サニーコーストカヤックスでカヤックに乗ってみてほしい。

五ヶ所浦散歩 味鶴〜アッパッパ屋

昼ご飯をいただくのは、サニーコーストカヤックスから40メートルの距離にある味鶴(みつる)だ。カヤックを漕いで空かせたお腹は、味鶴の店内へと引き寄せられる。

ぼくのおすすめは、海軍カレー。

高校卒業から定年までの35年間、海上自衛隊で働いてきたマスター自慢の一品だ。スパイスがよく効いたカレーに卵とサラダ、牛乳がセット。これを食べれば、疲れた身体に再びエネルギーが湧いてくる。

夜は「おでんと地魚」が看板メニューの居酒屋。カウンターには、南伊勢町出身のマスター自らかご漁で獲ってきたカニとタコが並ぶ。釣った魚を持ち込んで調理してもらうことも可能。五ヶ所湾の海の幸をつまみに、晩酌もいいだろう。

味鶴を出たら、五ヶ所浦の海沿いを歩いて「アッパッパ屋はなれ」へ向かう。

「アッパッパ屋はなれ」は、檜扇(ヒオウギ)貝の専門店。檜扇貝は、カラフルな色をした二枚貝で、口をパクパクさせる様子から「アッパッパ」貝、他にもパク貝、アズキ貝、アカ貝など様々な呼び名がある。

店主の濱地三保子さんは、「アッパッパ貝の美味しさをより多くの人に広めたい」と、アッパッパ貝がたっぷり入ったアッパ丸やキッシュを製造・販売している。

今回は、看板メニューのアッパ丸をいただく。見た目はたこ焼きだが、中には大粒のアッパッパ貝が入っている。

かつては流通に乗ることが難しく、主に地元で食べられていたアッパッパ貝。現在では、南伊勢町を代表する食材の一つとなった。BBQで焼いたり、アクアパッツアなどにしてもおいしいのだ。

アッパッパ屋はなれは、開店してちょうど1周年を迎える。ローカル食材を利用した新商品は、南伊勢町の新たな名物になりつつある。

南伊勢町で一番好きな場所

最後に案内するのは、ぼくが南伊勢町で一番好きな場所。友人がこの町を訪ねるたびに、ぼくはここへ連れてくるのだ。

五ヶ所浦の市街地から五ヶ所川沿いを15分ほど北上すると、五ヶ所浅間山(せんげんさん)の登山口へ到着する。

南伊勢町内の大半の集落にある浅間山は、富士山信仰に由来するものだ。

各集落の高台には、富士浅間大社の女神・木花咲耶姫(このはなさくやひめ)や大日如来が祀られ、毎年6,7月頃に浅間祭が執り行われる。

途中でやや険しい山道もあるけれど、スニーカーで十分に登ることができる。

五ヶ所浅間山の登山口から歩くこと、約15分。

少しずつ、山道に光が差し始める。

道が開けたところで、振り返る。

するとそこには、五ヶ所浦の集落と五ヶ所湾が広がっているのだ。

この風景を見ると、思い出すことができる。

ぼくはこの海に惹かれて、南伊勢町へやってきたこと。そして海からのいただきものを糧に、漁をナリワイにして生きる人々に憧れたこと。

これからも「海沿いの暮らし」を求めて、きっと多くの人々が南伊勢町を訪れる。

南伊勢町には海沿いに38の農山漁村が点在している。そして、それぞれに独自の歴史・文化が根付く。

激しく揺れ動き、変化し続ける時代の中でも、変わらずに大切にしたいものがこの町にはあるのだ。

人から人へ。

これらの生活の営みが、これからもこの土地で受け継がれていきますように。

 

南伊勢をあるく(完)

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