その風景は、まるで通勤電車。島と本土を結ぶ定期船船員を募集(前編)/三重県鳥羽市
Toba chairs(トバ チェアーズ)は、三重県鳥羽市が企画する仕事紹介プロジェクトです。紹介するのは、鳥羽市在住の2人のクリエイター。今後、6つの仕事を紹介していく予定です。第二弾として、「答志島保育所の保育士さん」を紹介します。
(文 鼻谷年雄/写真 佐藤創/ ロゴデザイン 勝山浩二/ 編集 Kii)
船に乗る仕事
「船に乗る仕事」と聞いて、あなたはどんな現場を思い浮かべるだろう。大海原で網を引く漁船?密漁船を追う巡視艇?それとも運河を渡る石油タンカー?
今回は「定期船」を紹介します。
決められたダイヤで運行する定期船。離島に暮らす人々にとって、欠かすことのできない足です。
そう、三重県鳥羽市には4つの有人島があります。
毎日船で顔を合わせている、けれど話す機会はあまりない船員さんたち。彼らは、どんなことを考えて仕事をしているんだろう?今回、3人の船員の仕事を訪ねて1隻の定期船に密着しました。
定期船の朝の風景
朝6時40分、ここは答志島の定期船乗り場。しとしとと雨が降り、水面は揺れている。船員はキップを確認し、乗客の手をとり。ときおり乗客からの「ありがとう」に、頭を下げている。
時計は6時53分、出発間際になると、制服姿の学生たちがどっと駆け寄ってきた。
「いつも遅刻しそうな子の顔は覚えてますよ」
しょうがないという感じで笑ったのは、機関長の勢力(せいりき)成智さん(41)。
6時55分、船は定刻通りに出港した。
船内では乗客の多くが、スマートフォンの画面を見ている。参考書を読む学生もチラホラ。
その風景は、まるで通勤電車。
みんな、揺れは気にならないのか?
「最初は船酔いしましたけど、今は慣れてぜんぜん平気」
そう話すのは、伊勢市へ通う高校2年生の男子。
7時10分。定期船が和具港に到着すると、乗り込んできた後輩を見つけておしゃべりを始めた。
「答志も和具も同じ島の人やからね。船に乗っている顔はだいたいわかるに」と、病院へ通う女性。70歳と聞いて驚いた。リュックを背負い、手さげ袋を持つ姿があまりに元気だったので。
「島にも診療所はあるのよ。でも、大きな病院へ行きたいときはね。買いものにも行けるから楽しみにしとんの」
7時25分。定期船は、本土・佐田浜港へ。
約100人を陸へと降ろすと、船は次の航海へと向かう。
船員たちの仕事風景
市営定期船の航路は、本土にある佐田浜港・中之郷港と、離島にある6つの港を結ぶ。予備船を含む6隻が、1日90便運行している。
メインターミナルとなるのが、佐田浜港。ここから一番遠いのが、神島港。片道14.9kmを、35分で運行する。
船員は、1隻につき3人。甲板員、エンジンを管理する機関長、そして舵(かじ)を握る船長。
ここからは3人の仕事を、順番に紹介していきたい。
旅客定員172名の高速定期船「かがやき」号で甲板員を勤めるのが、尾崎文成(おざきふみなり)さん(29)。
2018年8月に中途採用されたばかり。彼の印象は、とにかくタフ。重い荷物もさっと持ち上げて運ぶ。桟橋を右に左に、船内を上へ下へ。
たまに手こずることもある。すかさず助けに入るのが、機関長の勢力さん。
船が出航すると、2人は操舵室(そうだしつ)へ。船長の山下松吾さん(41)とともに、海上の安全を監視する。
そう、甲板員の仕事は幅広い。船を桟橋(さんばし)へつなぎとめる係留(けいりゅう)作業、乗降客の誘導、貨物の積み降ろし、客室の見回り、航海日誌の記録。
新米甲板員の本音
一息ついた尾崎さんに、質問をしてみる。2人の上司は、どう?
「やさしい先輩方です」
すかさず勢力さんがつっこんだ。
「ホンマか、それ?」
山下船長が、前を見たまま笑う。
上司の前では、話せないこともありますよね。そういうわけで、日をあらためて尾崎さんに単独インタビューをお願いすることに。
正面から向き合うと、まず驚くのがムキムキの体格。
―何かトレーニングをしているんですか?
はい。高専卒業の頃、キックボクシングのジムに通ってて。今も体を鍛えるのが趣味なんです。
―なるほど、タフな仕事ぶりの秘訣がわかりました。ところで尾崎さんは、鳥羽商船高等専門学校の商船科を卒業していますね。
はい。高専時代に実習で乗船して、卒業してすぐに海技士の資格を取りました。
―では、船の仕事に就きたかった?
言いづらいんですが、もともと船員になりたかったわけではなく、なんとなくで。高専卒業後は大学にも行って、県外に就職したんです。
―Uターンしたきっかけは?
前の職場がひどい環境だったんです。理不尽に怒鳴られたり休めなかったりして・・・。
その生活に希望が持てなくなったとき、初めて鳥羽に帰ることを考えました。けれど、仕事はあるのか?そこで知人に相談したら、「定期船の仕事があるよ」と。
―転職をして、ストレスは減りましたか?
はい。でも教育係の勢力さんには、毎日、めっちゃ叱られてます(笑)。
―ははは。それで「ホンマか?」とつっこまれたんですね。
でも勢力さんは、つど理由を説明してくれるから、納得が行く。どうして厳しいことを言うか、って安全を守るためなんです。乗客のみなさんはもちろんのこと、ぼく自身がケガをしないためにも。
―叱られて、引きずることは?
落ち込んでたら次の作業に支障をきたすので。
―気持ちの切り替えも大切。
はい。船のまわりでは一歩、間違えると命取りになるんです。
―仕事をして、うれしいことは?
お客さんによく「ありがとう」と言われます。あと、船が着岸したとき、船と桟橋の隙間がないようにびしっとロープを張れると気持ちいい。
―プライベートでの変化もありましたか?
答志島へ引っ越したんです。
―本土から島への引っ越しって、想像がつきません。
休みの日はよく本土に出てきますから、そんなに変化はありませんね。最終の便までには帰らないといけないですけど。
―休日は遊ぶところがないのでは。
一人で島内を走ってトレーニングしたり、伊勢市のジムへ行ったり。僕は変わり者なんで(笑)、そのへんはあまり参考にならないかもしれません。
―仕事において、今後の目標はありますか?
いまは目の前の仕事で精一杯。まだ具体的には考えられませんが、人の仕事を助けられるようになりたいです。
―もしも後輩ができたら、どう接しますか?
いまの僕の先輩方みたいな接し方です。
―お世辞ではなく?
はい(笑)。
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次に機関長・船長の仕事を紹介したい。後編へと続きます。
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