予期せず始まったオンライン授業、そして鳥羽暮らし-鳥羽とリモートワーク前編-
新型コロナウイルスの影響により移動が制限される中、コミュニケーションのカタチが変化しつつあります。企業はリモートワークを採用し、大学ではオンライン授業が急速に普及しています。多くの人が仕事と住まいをてんびんにかけて暮らす中、新型コロナウィルスは環境を一変させてしまいました。
今回は三重県鳥羽市におけるリモートワーク、リモートツアーの実践を、前編・後編を通して紹介します。
Tobachairs ムービー
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前編 予期せず始まったオンライン授業、そして鳥羽暮らし
PROFILE リンダ・デニス
女子美術大学准教授、アーティスト。生まれ育ったオーストラリアで作業療法士として働き、「私にしかできない仕事をしたい」とワーキングホリデーを活用して来日。当時23歳。その後、日本とオーストラリアで美術を学び、国内外でアーティストとして活動。近年の主な作品に、三重県の伝統的な漁網の編み方で生み出すインスタレーションがある。
賛成ではなかったオンライン授業、見えてきた可能性
火曜日のお昼前、鳥羽市役所の向かいにあるギャラリー&アトリエ「ARToba」(アートば)の2階を訪ねると、女子美大のオンライン授業が行われていました。
講義名は「アートプラクティスⅠ」。日本画、洋画、写真、デザイン、工芸… さまざまな専攻の学生が制作にのぞむ演習です。
ARTobaを運営するリンダさんは、前期の10回を受け持っています。
14名の学生は、課題提出日までに制作中の作品の写真や映像、説明文をクラウドサーバーへアップロードします。そのデータを元に、リンダさんは学生へのコメントや質問を用意。
そして、迎えたオンライン授業当日。リモート会議ツール上で、リンダさんは学生一人ひとりにアドバイスを行い、制作をサポートしていきます。
制作をブラッシュアップするのは、リンダさん一人ではありません。リモート会議ツールのチャット上では、学生同士のコメントが交わされます。
90分間の授業が終わり、ふぅと息をついたリンダさん。
女子美大のオンライン授業実施の経緯をうかがいました。
「2019年の後期までは、神奈川の相模原キャンパスと東京の杉並キャンパスの教室で授業を行っていました。しかし、新型コロナウィルスの感染拡大下と4月7日の緊急事態宣言を受け、2020年度前期のオンライン授業実施が決定しました」
「わたしも学生も、オンライン授業は初めての試み。まずは、リモート会議アプリの使用方法を覚えるところからでした」
5月からのオンライン授業開始に向けて急ピッチで準備が進んでいきましたが、「実は最初はオンライン授業にあまり賛成じゃなかったんです」とリンダさんは振り返ります。
「アートには生の体験が大事。実際に人に会って話を聞いたり、素材を触って確かめたりすることですね。オンライン授業でこれを教えるのは大変です」
2020年前期の実践を通して、オンライン授業の改善点も見えてきました。予想通り、クラウドサービスにアップロードされたデータでは、立体作品の質感までは汲み取りにくかったのです。
「学生からも、実物を見せられない中での作品発表は難しいという声がありました」とリンダさん。
一方で、新たな発見もありました。
「学生同士のコミュニケーションが増えました。オンライン上でほかの人の制作プロセスを見ながら、文字や写真を使ってコミュニケーションを取り合います。そうした手段での説明スキルが身についたと思います」
では、学生たちはどう感じていたのでしょうか?
受講した1人からは「自宅での制作ゆえに道具や材料が限られたことで、創意工夫が生まれました」という声も。
リンダさんはこう補足します。
「“STAY HOME”の状況下で、学生たちは従来のように大学にある道具を使えなくなり、材料を購入することもできなくなりました。そこで、身の回りにある“もの”を代用し始めたんです。こうした発想は、将来のアーティスト活動に必ず役立ちます」
7000km先の鳥羽に憧れた10代
ところでリンダさんは、どうして鳥羽でこのコロナ禍を迎えることになったのでしょうか。その出会いは、10代に遡ります。
オーストラリア生まれのリンダさんが鳥羽を知ったのは、10代の時でした。そして、20代に訪問をします。1893年に世界で初めて真珠養殖に成功した地、ミキモト真珠島を目の当たりにし、この土地に根づくチャレンジスピリットを感じたといいます。
その後は、日本とオーストラリアの美大で陶芸や彫刻、絵画を学びながらアーティストとして活動。
40代で大学教員となりました。
2016年に鳥羽市立海の博物館で個展を開催以来、鳥羽との縁を深め、翌2017年と2019年には女子美大の授業として「鳥羽ストーリーズ・アートプロジェクト」を展開。学生と地元住民による共同制作を実現しました。
そうした中で、教育と自身のアーティスト活動のため、リンダさんは2拠点生活に移行していきました。
勤務先と家がある神奈川県相模原市から、月に1度のペースで鳥羽を訪問するようになります。2018年には、とうとう鳥羽で元文具店の物件を借りることに。
ARTobaの外観
アーティストが滞在をしながら、制作・展示が行えるARTobaへと生まれ変わらせました。セルフリノベーションにより、2階がアトリエ兼住居、1階がギャラリーとなったのです。
鳥羽での暮らしとアート
2020年3月中旬。鳥羽市石鏡(いじか)町で開催するグループ展準備のため、リンダさんはARTobaに滞在していました。コロナ禍で首都圏での仕事と生活が困難になることを予感し、4月7日の緊急事態宣言に先駆けて、鳥羽で過ごすことを決めました。
鳥羽に滞在しながら、授業を行えると考えたのですね。
「授業用の資料は持参していました。ノートパソコンとポケットWi-Fiがあるから、オンライン授業は行えます」
「新たに必要となったのが、学生に資料を共有するためのスキャナー。ネットショップで購入しましたね」
暮らしに不便はなかったのでしょうか。
「鳥羽への滞在が急きょ決まったので。ヘアカットや夏服をどうしようか、とは考えましたね(笑)」
近所の美容院で髪を切り、夏服は鳥羽ショッピングプラザ・ハローで揃えました。仕事が煮詰まると、外に出て海を見ることで気持ちをリフレッシュ。
日課となった散歩の目的地は、鳥羽志摩の地域が誇る海産物や農作物の産直市場&郷土食を中心とした地物ビュッフェレストラン鳥羽マルシェです。店内に並ぶ新鮮な海山の幸のおかげで、料理をする回数も増えました。
こうして気づけば、リンダさんはすっかり鳥羽暮らしに馴染んでいました。
コロナ禍で見つけた新たな風景
3ヶ月を過ごした今、鳥羽への印象はどう変わったのでしょうか。
「鳥羽は、徒歩圏内の暮らしが豊かなまちですね。歩いて行ける範囲に頼れる友人がいる。ちょっと出かけるだけで、漁師や海女さんに出会えます。海女さんは……ほんとうにすごい。人が、自然環境とあれほど深くつながって生きているんですから」
「鳥羽の環境は、アーティストとしての活動にもインスピレーションを与えてくれます」
三重県の伝統的な漁網の編み方で生み出すインスタレーション
漁網を⽤いた立体的なインスタレーション作品を中⼼に⼿がけてきたリンダさんは、3ヶ月を超える鳥羽での滞在中、新たな作品制作にチャレンジしました。
2020年7月18日から翌年3月末まで石鏡町で開くグループ展「自然とともに生きる海女とアーティスト」には平面の作品を出展。
このように、自身がアーティストとして挑戦を続けるからこそ、教育者としても学生に向き合い続けられるようです。
新型コロナウィルス流行を機に、予期せず始まった鳥羽暮らし。「これから」のことはわかりませんが、リンダさんは今日も笑顔です。
「毎日、ここにいられるのはラッキーですよ」