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sonihouse/vo.2/家宴と法事のあいだ

「スピーカーを媒介に、音・人・空間の豊かな循環を目指す」sonihouseでは、現在スピーカーの製造スタッフを募集しています。

Kiiでは、4週連続の記事にてsonihouseさんを紹介していきます。第3弾では、sceneryが生まれたときについて、話を聞きました。無指向性・多面体スピーカー”scenery”(シーナリー)。ある出会いに後押しされて、現在の形が生まれました。

Kiiでは、4週連続の記事にてsonihouseさんを紹介していきます。第2弾では、活動の原点である家宴(いえうたげ)について、話を聞きました。

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家宴とは。人々が家に集い、スピーカー“scenery”(シーナリー)を通してライブを聴いたあと、ミュージシャンと聴き手がともに食事をします。

「人が聴くことに集中する姿は、祈りに通じるのかな。家宴の場にいると、僕は法事を思い浮かべるんです」と鶴林万平さん。

-どういうことだろう。

万平)法事は、今でこそ「行かなあかんから」行く人も多いかもしれないけれど。親戚が集まって、お経を聴いて、ご飯を食べる。昔はそこに“楽しみ”みたいなものがあったと思うんです。

-楽しみですか。

人が生きてく上で、とても大切ななにか… 日常の中で、非日常を経験したり。その場を通して、自分が変わっていくよろこびというか。僕にとっては、聴くことだったんです。

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-今、スマホがあれば、聞きたいときに音楽は聞ける。ゲームもできるし。娯楽はぐんと身近になりましたよね?

でも、よろこびが増えたとは言えないのかな。

僕は、聴くことですごい色んな体験をさせてもらったんです。

昔旅の途中で長時間のトランジットがあって。東南アジア… シンガポールだったかな。夜中、空港の長い通路のソファーに座りながらふと、この時間中に「めちゃ音聴いたろ」と思ったんですよ。で、聴き出したら、すっごい遠くの音と自分の体内の音が同時に聴こえはじめた。

目で「見る」ときって、遠くを見れば近くがボケるじゃないですか。音はよく聴こうとすればするほど、自分自身の音から果てしない向こうの音まで同時に聴こえる。遠くのアナウンス、人の足音、息を吸う音、衣擦れも、脈拍も。

その経験を誰かと共有したくて、家宴をひらいているのかも…

-鶴林さんは、聴いちゃったんですね。

聴いちゃったんです(笑)。

僕は、音を聴くことを信じています。聴くって一見受け身のようで、実は創造的だと思うんです。そこから何かがわきあがって、さっきまでとは違う日常が流れ出して。

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家宴には、かつて法事にあったであろう“何か”が続いているんじゃないか。そして僕は、今なりの表現があってもいいのかなと思うんです。

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(構成:大越元/写真:「2012.6.10 sun トウキョウの家宴 vol.2 ” maltiform ” @東京 中野」より)

<4週にわたってsonihouseさんを紹介。記事はこちらから>

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