「フォトグラファー×海女」という複業/大野愛子/鳥羽市石鏡町

Toba chairs(トバ チェアーズ)は、三重県鳥羽市が企画する仕事紹介プロジェクトです。紹介するのは、鳥羽市在住の2人のクリエイター。

地域おこし協力隊制度を活用して、地域ぐるみで移住者を受け入れる三重県鳥羽市石鏡町(いじかちょう)。約400人が暮らすまちで「○○×海女」という複業を営む女性を紹介します。

(文 鼻谷年雄/写真 佐藤創/ ロゴデザイン 勝山浩二/ 編集 Kii)

大野愛子さんのプロフィール

東京都出身。海のある暮らしを求めて石鏡町へ。2018年7月に地域おこし協力隊の任期終了。現在はフォトグラファー×海女として活動。

休漁日は、フォトグラファー



海女の仕事が休みの日、大野さんはカメラとともに海へ向かいます。海女小屋でウェットスーツに身を包み、腰に重りを巻き、フィンを履き、沖へと泳ぎ出します。



心地よい秋晴れのこの日、大野さんが撮影ポイントに選んだのは、浜から100mほど泳いだところ。特注の防水ケースを装着したミラーレス一眼とともに、水中へ潜っていきました。



約30秒後、大野さんが浮き上がってきました。そして再び水中へ。いったいどんな風景を写しているのでしょうか。



撮影すること約1時間。大野さんが浜へと戻ってきました。海女小屋で大野さんに、話をうかがいます。

海の近くで暮らしたい



鼻谷:写真を始めたきっかけを聞かせてください。

父が広告写真の仕事をしていたんです。子どものころ、家に帰ると現像液の酸っぱい匂いがして。廊下に現像したプリントがずらーっと並んでいたのを覚えています。わたしが一眼レフで撮り始めたのは大学に入ってから。

水中写真はいつから?

大学4年生です。海が好きで、海洋学部に進んだんですね。サンゴ研究のため、沖縄の西表島に滞在をしました。カヤックを漕いで沖へ出て、カメラ片手にスキューバで潜って。大自然の中で暮らしていたので、朝から晩まで、文字通り一日中、記録写真を撮っていましたね。

楽しかった?

そうですね。水深15mのところにいるトオアカクマノミに会いたくて。夢中で泳いでいるうちに、かなり深い場所への素潜りもできるようになっていました。それが水中写真の始まりです。



大学卒業後はどうされたんですか。

寿司チェーン店に勤めたんですね。色々な魚を扱えたらと思っていたんですが、店舗で遅くまで働きづめの毎日。「こんな人生でいいのかな」と思い、フォトグラファーになることを決めました。退職して、専門学校に通い、写真家の助手に。30歳で独立しました。

料理やブライダル、商品などの撮影をしながら、「手に職があれば、好きな土地で暮らせる」と考えていて。次第に、海の近くに暮らし、写真を撮影する道を探すようになりました。

どうして海女に?

“たまたま”だったんです。長崎県の壱岐島で、地域おこし協力隊を経て海女になった大川香菜さんを知ったことがきっかけでした。

今、海女と写真の仕事は両立できていますか?

現金収入は、漁がメインなんですね。水中写真を撮りためるうちに、「提供してほしい」と仕事の依頼が来るようになり、水中の動画撮影の依頼もいただきます。

水中で呼吸を合わせて撮る

ここからは、大野愛子さんが撮影した作品を見て話を聞かせてください。

海女は、ここに暮らし始めてから出てきたライフワークです。これはもう絶対、わたしにしかできない。



撮影:大野愛子

ここまで近い距離で撮影できるのは、大野さん自身が海女だから?

うーん、でも「嫌だ嫌だカメラを向けるな」って言われることもありますよ。

撮影:大野愛子

撮影のコツは?

適度な距離感を保つこと。特に、漁に集中しているときは気を配ります。目線を合わせないように、呼吸も相手に合わせます。かと思えば「もっと撮って」と向こうから近づいてくるときもある(笑)。臨機応変さが大切なんです。

陸での海女さんを写した作品も多いですね。初めて見る海女さんの姿ばかりです。



撮影:大野愛子

みんなよく笑って、おもしろくて、かわいくて。そして、毎日が勉強の連続。気づきがたくさんあります。

この1枚は、どのように撮影したんですか?

撮影:大野愛子

水中で仰向けになって、海藻をつかみながらシャッターを切りました。海女さんよりも深く潜れて、初めて撮影できるんです。

撮影:大野愛子

鳥羽の海はこんなにも魚がいて、海藻も多いんです。ここで潜るようになって、「この海をどう受け継いでいけるか」と考えるようになりました。海の中の世界はまだまだ知られていませんよね。定期的に、東京、名古屋、大阪などで写真展をしています。写真を、ぜひ見てほしいです。

海女の懐事情



お金についても聞かせてください。どの程度の初期投資が必要ですか?

基本的に、海女はグループで漁をしますが、個人事業主です。ウェットスーツや漁具は個人持ちで、10~20万円くらい。それと漁業権。漁業組合の組合員になることで取得できます。組合員の種類によりますが、取得に数十万円かかります。

経費と収入は?

海女小屋の経費は折半です。漁場によって、浜から泳ぐ場合も、船に乗り合いする場合もあります。乗り合いの船代は1人ずつ支払い、1回あたりいくらと決まっています。収入は、自分でとった獲物が稼ぎになります。ただし、ヒジキ漁は町内で協力して収穫するから、収入も等分します。

お年寄りからは「海女の収入で子どもを大学へやった」という話を聞きました。

利益率は高いですよ。ただし、天候任せの仕事です。天気が悪かったり、波が荒いと漁に出られません。7月から10月は台風も来るので、潜れるのは月に10日です。

生計を立てられますか?

立てていけます。でもお金のことは、あまり気にしていないですね。石鏡町での暮らしは、都会ほど生活費がかからないし、米以外は自給できる。魚や野菜をおすそ分けしてもらうこともあるし、なにより、海があります。



豊かな海がそばにある安心感。

海女は、派手にお金を使うんですよ。“宵越しのお金”を持たない。うなぎ屋へ行ったら、みんな「特上」を頼むんです(笑)。わたしも影響されて、東京へ帰ると、家族に食事をおごるようになりました。

お金を使う場所が少ないことも関係しますか?

たしかに夜は早く寝ます。でも、娯楽がないせいじゃない。夜遊びよりも、海女が楽しいから。早く寝て、漁に備えたいから。

ギャップこそ味わい

わたし、ここに来て4年経った今でも毎日、海女さんに感動しているんです。

どういうことですか?

これ、炊飯器の釜なんですよ。



どうやって穴を開けたと思います?

電気ドリル?

アワビを剥がす海女道具の“かぎノミ”を火で熱して、先端をジュッと当てたんです。身の回りにあるものを巧みに利用するのがかっこいい。そうそう、この海女小屋、ちょっと前まで水道が通ってなかったんです。漁のたびに湧水や雨水をくみに行って。

水くみ。都会の職場からのギャップがすごいですね。最後に、自分の移住を振り返ってどうですか?

世の中に、知らないことはたくさんあるな、って思いました。くすぶっているより行動してみること。環境の違いはあるけれど、ギャップこそ味わいです。



鳥羽市は、石鏡町の活性化に取り組む地域おこし協力隊を募集しています。

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