南伊勢をあるくvol.5神前浦編(三重県)

 

神前浦(かみさきうら)をあるく

南伊勢町にある4つの湾の1つである「神前湾」を拠点に、真鯛やクロマグロの養殖を営む漁業集落。また、7月の天王祭を筆頭に、歴史ある伝統行事が今も続く集落でもある。ちなみに神前浦の「神」は仙宮(せんぐう)神社を指す。仙宮神社の前に広がる漁師町であるため、神前浦と呼ばれたのだ。


 

2020年4月12日、朝9時。神前浦漁港に漁師たちの姿があった。

仙宮神社の加藤宮司が神棚をつくり、神前浦産の真鯛をはじめとする供物が並ぶ。

これから、飛鳥神社例祭が行われる。

このお祭りは、次の民話に基づく。

神前湾の東西に位置する、飛鳥池とかさらぎ池。この2つの池にはつがいの龍が住んでおり、年に一度、神前湾の上空で出会うといわれる。このつがいの龍を鎮め、迎える神事が飛鳥神社例祭である。

天気は、あいにくの曇天。波も高い。雲行きが怪しいのは、龍の仕業だろうか。

神事は、漁港内で始まった。

神事という日常風景

日々自然と対峙し、海の恐ろしさを知る漁業者たち。自然に対する畏敬の念と、神様を敬う信仰心は隣り合わせであり、この土地ではごく自然に育まれるものだ。

漁師たちは頭を下げ、加藤宮司が榊(さかき)と塩で穢れを祓う。

同様に、加藤宮司は漁船の穢れを祓う。

続けて、神様に願いを捧げる「祝詞(のりと)奏上」。

自らの気持ちをこめて供え、お参りをする「玉串拝礼」。

御祈祷が一通り終わると、お神酒(おみき)が振る舞われる。

祭りは、集落の人々が集まるコミュニケーションの場でもある。

漁師たちは「今年も祭りの時期がやってきた」と語り合いながら、お神酒をいただく。

毎年この時期に行われる飛鳥神社例祭が、人々に季節の移ろいを告げる。

こうしたサイクルを暮らしの嗜みとするのも、風情があるものだ。

伝統を大事にすること

漁港で神事を行った後は、漁船で飛鳥神社へと向かう。飛鳥池の脇に位置する飛鳥神社は、陸路で辿り着くのが難しいからだ。

しかし、今年はあいにくの荒天。飛鳥神社行きを断念し、漁船で漁港を一周することとなった。

漁船のエンジンが勢いよくかかる。2人の漁業者が白い布を羽織り、船首に立つ。数名がそれに続き、漁船は出航する。

飛鳥祭の唄を歌いながら。

音楽に合わせて、2人の男は布を左右に振る。

今では白い布や歌の意味を知る人はいない。ただ一つわかるのは、神前湾の漁業者たちが先祖代々の伝統を大事に受け継いでいることだ。

続いていることに意味がある。ぼくはそう思う。

南伊勢町で、25歳の厄を払う

「あんた、今年が厄年やで」

年初め、近所の方の一言がきっかけで、厄払いをすることとなった。

ぼくは今年24歳、数え年(生まれた年を1歳とする年齢の数え方)では25歳になる。

厄年は、厄災が多く気をつけるべき年のこと。男性は数え年で25、42、61歳。女性は19、33、37歳とされている。厄年には、神社で厄払いをしてもらうのが良いといわれる。ぼくも知ったからには、厄を払わないと居心地が悪い。

飛鳥神社例祭で登場した加藤さんが宮司を務める仙宮神社を訪ねた。

大学3年生のとき、購入したリクルートスーツを着て向かった。けっきょく、就職活動で着る機会はなかったし、仕事柄もスーツにはまったくの無縁。南伊勢町で着る日が来るとは思わなかったけれど、久しぶりに袖を通すと、スッと気持ちが引き締まる。

仙宮神社は、河内集落にある。南伊勢町で御朱印がもらえる唯一の神社であり、町の歴史を調べるため、ぼくは時々、加藤宮司を訪ねる。

仙宮神社への参道は、約360段の石段からなる。クネクネ道で、下から見上げてもゴールが見えないことも手伝って、途中で引き返す参拝者もいる険しい道だ。

そんな参拝者の心を楽しませるため、参道には色々な工夫が施されている。木々には名札が付けられ、大正時代に地区の住民たちで整備した石段には、3箇所にハート型の石が埋め込まれている。

人生の節目を神社で迎える

石段を登り終え、仙宮神社へと到着した。

厄払いでは、どんなことを願えばいいのだろう。

加藤宮司からは「神様に伝えたいことがあれば祝詞に書いておくよ」と言われたけれど、ぼくはお任せすることにした。

祝詞奏上で、自分の名前が読み上げられると、背筋が伸びた。

仙宮神社のWebサイトには、こう書かれている。

人が、人生の岐路に立ったとき、思わず手を合わせるのは、「神」に己の心を届け、聞くことによって心穏やかにしているのではないでしょうか

ぼくは、こう祈った。

「これからも大事な人と共に、歳を刻めますように」。

22歳で南伊勢町へ来なければ、厄払いを経験することもなかったかもしれない。ぼくは南伊勢町に来て、人生の節目を大事にする大切さを学んだように思う。1日1日に感謝して、前向きに生きる大事さを。

漁村の路地の魅力

よく晴れた翌日、神前浦の集落を歩いてみる。海岸線には、多数の小型船舶が停留する。漁師の作業場を兼ねた歩道を歩いてみる。

ぼくは漁村の路地が好きだ。所狭しと家が立ち並び、その合間には入り組んだ細い道がある。迷路の中にいるような気分になって、つい寄り道をしたくなる。

神前浦の集落を抜けて、方座浦(ほうざうら)へ向かう旧道へ入る。その途中にある展望スポットは、ぼくのお気に入りの場所だ。ここからは何時間でも海を眺めていられる。春はベンチの両脇に、綺麗な桜が咲くのだ。

ベンチに座りながら、飛鳥神社の例祭を振り返る。

果たしてつがいの龍は、今年も出会うことができたのか。そんなことを考えながら眺める神前湾(海)は、いつもよりロマンチックだった。

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