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和歌山県新宮市で始まったサービス業としての葬儀/アスカフューネラルサプライ/和歌山県新宮市

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よく笑う葬儀社だと思った。

もちろん、つねにバカ笑いをしているわけでも、薄笑いを浮かべているわけでもない。

「出棺前、家族さまが笑顔でお花を入れるとき。ありますよ。じゃあ迎えるぼくら葬儀会社は、笑っちゃいけない?それは間違いだと思ってます。もちろん時と場合は考えた上で、いつも笑顔で『おはようございます』って言えるように心がけてます」

大切な人を亡くしたばかりの家族の前で笑う。実はこれ、なかなかえらいことじゃないか、と思う。

アスカフューネラルサプライの田中亮さんは、家族にこうもお伝えする。

「お気持ちは察しますが、明日だけは『どうして亡くなられたのか』を忘れませんか。故人がどうに生きて、誰と、どう歩んできたか。そのことに思いを馳せませんか」。

葬儀屋が関われるのは、ほんの1、2日。少しでも明日を描く気持ちになってほしい。

「葬儀は究極のサービス業。誇りの持てる仕事だと思っています」

家業だから、転職を考えていて、声をかけてもらって。葬儀の仕事がしたかったというよりは、結果葬儀社だったわけだけれども。

「はたらきながら、この仕事すごいいい仕事やなと思うようになったんです。誤解をおそれずに言えば、今、仕事がとても楽しいんです」。

スタッフも増え、2017年5月に建てた新社屋。その壁面には「PRIDE JOY」の文字。

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葬儀を究極のサービス業と考えるからこそ、これまでに積み重ねてきた経験をいかして、地元・新宮市を盛り上げていきたいとも考えている。

第2創業期を迎えるアスカフューネラルサプライで、はたらく人を募集します。

「経験も出身地も問いません。人の役に立つ仕事がしたい人。これからの新宮を一緒につくっていきたい人。まずは気軽に応募ください」

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<募集要項>

<アスカフューネラルサプライを訪ねる>

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新宮高校の交差点から御浜町のほうへ国道沿いに100mほど進むと、アスカフューネラルサプライの新社屋が見えてきた。

カメラを向けると、2階の窓際に大きな熊を抱えた田中亮さんの姿。新社屋のマスコットキャラクター、ということらしい。ガラス越しに田中さんが笑った。

引っ越したばかりの事務所では、若いメンバーを中心にはたらいている。パッと見ても、葬儀社とはわからないかもしれない。

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事務所の一角にあるカフェスペースで、田中さんに話をうかがった。

-よろしくお願いします。田中さんはいつ、戻ってきたんですか?

2014年です。

高校を卒業して、進学で大阪、就職で東京に行ったんです。飲食が好きで。ホテル内にあるイタリアンレストランでホールの仕事をしていたんです。ウェディングもお受けしたので、フラッシュモブ、サプライズ。色々なイベントも企画して。僕のサービス業の原点だったような気がします。

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実家の葬儀社を継ぐことを考えはじめたとき、ただ跡を継ぐだけではダメだなと思ったんです。魅力的な葬儀社にも出会い、葬儀業界が大きく変わりつつあるな、と。

そんな中、新宮へ帰ってくると、イメージとは違うことも多々ありました。

60年間続いてきた自社の儀礼のかたちは、完成されています。そこにサービスがあったらなおよいなと思ったんです。100人百通りのドラマがあるのに、葬儀は同じように感じました。家族さまは、大切な人を亡くして落胆しているわけですよね。せかせかと葬儀をしても、なにも残らない。気持ちに寄り添い、限られた時間のなかで可能な限り故人さまを知り、ライフストーリーを伝えていく。そんなお葬儀をできたらと思いました。

なんのために葬儀をやるの?

残された人が、明日を生きるためですよ。

沢山の感謝を伝え、供養をする。故人さまがつないでこられた絆を大切にしていく。葬儀儀礼を通して、明日への活力を感じる、明日の空が見えるお葬式をしよう、と。そのために葬儀社があるんです。

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葬儀儀礼という本質は大切にしつつ、サービスを加えると、会社は大きく変わりはじめました。ミッションが共有ができたんですね。どんどんアイディアがでて、挑戦していく社内文化が形成された。

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でも、完成はありません。僕のなかには、あのイタリアンレストランのスタッフが葬儀をしたらどうなるんだ?もっとすごいサービスができるだろう。そのイメージがずっとあって。

この4年間で、すごい会社が動いていますよね。2つの葬儀場、社屋の建て替え、社名変更。

ミッションを共有すると、生まれるホスピタリティがお客さんの反応を明らかに変えた。はたらくみんなの気持ちが変わった。この仕事に就くプライド、はたらく上での楽しみを見出してきたんです。

社屋を建て替えたのは、それに応えたいと思った。今の自分たちにできる最高の環境をつくろうと決めたんです。2階の壁は黒板。社員一人ひとりにメッセージを書いてもらって。ぜんぶ紹介したいぐらい。

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-60年を迎える会社での社名変更、大変なことだったと思います。

父親ともめにもめましたよ(笑)最後は押し切って。とにかくぼくは、全部を変えたかった。きのうのままでいいとは思わなかったんです。うちは毎日ベンチャー、その気持ちでやるから続くんだと思っています。

それから、新宮のまちにも、どんどん関わっていく会社でありたい。2017年に2度、ワールドカフェを開催したんです。「新宮にあったらよいことは?」「あったらよい会社は?」をテーマに、市内の若手が集まり、話し合ったんですね。人口が減り、空き家が増えていくなかで、これからを描いていける会社になりたい。

最後にもう一つ目指したいことがあります。僕だけでなく、スタッフ一人ひとりが声を発信していけるようになりたいんです。「こんな会社あったんだ」「面白そう」と思ったら、ぜひ連絡ください。

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<アスカの人>