奈良の酒蔵にて、蔵人兼広報を募集-「腑に落ちる日本酒」を届ける-/美吉野醸造/奈良県吉野町
奈良県吉野町にある美吉野醸造(みよしのじょうぞう)。ここで「美吉野の酒を伝えていく」人を募集。
仕事内容は、商品の発送業務・蔵の見学対応・Facebookによる広報・PRイベントの企画と幅広い。冬場は酒づくりにも入る。その経験を、お客さんに伝えてほしいから。
酒づくりの経験は問いません。特別の日本酒好きでなくていい。代表の橋本さんも蔵人の矢追(やおい)さんも、仕事を通して日本酒にハマっていきました。
「奈良に面白い仕事はないか?」「Uターンを考えているけれど、長い時間をかけて取り組める仕事はないか?」そう思う人は、ぜひ。
<酒蔵を訪ねる>
六田(むだ)駅から歩いて10分で、美吉野醸造へと到着した。
「すぐ目の前が吉野川なんですよ。夏は、河原がバーベキューの人でにぎわってね」と迎えてくれたのは、美吉野醸造3代目の橋本晃明(はしもと てるあき)さん、40歳。
発酵について語りだすと話が止まらず、寝ても覚めても日本酒のことを考えているような人だ。けれども、酒造りへ進んだのは「蔵元に生まれたから、なんとなく」という。
-橋本さん、酒造りの道へ進んだきっかけは?
はじまりは、正直な話をすると惰性(だせい)だったんですよ。18歳で進路を考えますよね。僕は蔵元に生まれて、「継げるなら継がせてもらおう」というぐらいでした。それで、東京農業大学の醸造(じょうぞう)学科に進みました。研究室で日々研究するんですね。「リンゴやメロンのような香りのカプロン酸エチルが何ppm、バナナのような香りの酢酸イソアミルが何ppm。7号の酵母(こうぼ)菌を入れて、こういう温度経過で醸造するといいお酒ができますよ」と。人間がコントロールして造る“おいしさ”を学びました。
そのあと、剣菱(けんびし)酒造へ就職するわけですけども… 180度真逆のおいしさに衝撃を受けたんです。研究室で学んだのが“純粋培養”のおいしさとすると、剣菱酒造は“自然淘汰”の酒。
教科書には載っていなかった味なんです。今まで経験したことがなくて、良し悪しすらわからなくて。口の中は、おいしいって言いたそうやけど、言葉にしてしまったら、今までの知識があかんくなる。「あれ、これ好きやけどおいしいんかな?」「どうなんかな?」。教わってきたことと違うけど、体はおいしいと感じている。
大学の研究室で学んだ“おいしさ”を、蔵元でひっくり返されたんですね。
純粋培養と自然淘汰。2つのおいしさを経験したとき、日本酒の奥深さが見えた気がして。それで僕は、日本酒の道へ進もう。家業を継がせてもらおうと決めました。25歳のときでした。
<“おいしさ”を広げる酒>
もっとも美吉野醸造らしい花巴(はなともえ)は、酸を活かす酒なんです。
-酸を活かす酒?
この蔵で酒を造ると、酸がわきたつんです。酸=酸っぱいではないんですよ。ヨーグルト、グレープフルーツ、マスカット、チーズ… 色々な酸の幅があります。わきたつのだから、無理に抑えこむのではなく、豊かな酸を開放しようと。これ、室町時代の酒造りの製法を取り入れているんですね。
奈良県は、日本酒発祥の地なんです。そして、美吉野醸造のある紀伊半島は、発酵文化の土地。金山寺味噌、湯浅醤油、鰹節… 高温多湿の気候から、日本の食文化のルーツがスピンアウトしました。
今の日本酒市場は、酸をコントロールすることで、飲みやすい酒が主流ですから。花巴は、“不良児”かもしれませんね(笑)。
その不良児が、気づかせてくれるんです。「こんなおいしさあるんやぁ!」って。既存の日本酒のおいしさの枠に投げ込むのではなく、枠自体をグググッと広げる酒なんですね。
<花巴を伝えていく人を募集します>
あるイベントで、花巴を出したんです。「なにこれー、こんなの飲まれへんわ」と言う人もいました。でもね、空になってたんですよ。その人のコップ。
そこで美吉野醸造の酒造りをお話させてもらう。すると、腑(ふ)に落ちるんですよ。おいしさが。
酒を通しておいしさを広げる人。花巴を手にとり、おいしさを伝えていく人が、これからの美吉野醸造に必要なんです。
-もしはたらきはじめたら、最初の仕事はなんですか?
入社時期によりますが… できたら、11月から2月の仕込み時期から入ってほしい。酒造りにも相性がありますので、まずは一緒に蔵に入りましょう。その上で、お互いに話せたらと思います。
<これからの美吉野醸造>
-これから、美吉野醸造はどこを目指していきますか?
ここ数十年、酒蔵の数は減り、日本酒業界は過渡期にあります。そうした中、地域の一次産業とともに発展していける酒蔵を目指し、2010年に美吉野醸造の設立に至りました。
-どうして、一次産業との連携だったんですか?酒蔵によっては、たとえばコスメ部門へ展開する酒蔵もありますよね。
酒の原料は米です。そして、酒造りの道具には木を使います。農業や林業は、切っても切り離せません。だからこそ、酒蔵だけが発展するのではなく、地域のつくり手と連携していくことになったんです。
-現在の目標はありますか。
石高(こくだか=製酒量)を現在の倍の600石にしたい。日本酒の仕事は、100石で1人養えると言われます。もう少しだけ社員が増えるとどうなるか?よりよいタイミングで搾りや瓶詰めが行えます。小さい蔵ながらも、「これが花巴だね」といつも思って飲んでもらえる、安定した日本酒を届けられる蔵を目指したいんです。
-日本酒の国内市場は減っていますよね。
はい。でも、美吉野醸造の出荷量は順調に推移していくと思います。なぜなら、賛否両論が起きる日本酒って、他にそうないからです。
飲む人の好みに合わなかったとき「まずい」と言われることさえ可能性だ。なぜか。そこには、あたらしいおいしさを伝える可能性が潜んでいる。僕はそう思うんです。
あまのじゃくな酒蔵でしょう(笑)?
-今は、どんな人がはたらいていますか。
少しずつ、仲間も集まりつつあります。2015年から一緒に酒を造っているのが、32歳の矢追(やおい)くんです。
彼はいくつかの酒蔵を経て、美吉野に来ました。酒蔵に入ったキッカケは、就職先が他になかったから(笑)。奈良出身の彼は、高校の進路相談で、和菓子職人と酒蔵の2択を迫られたそうです。酒蔵を選んだのは「楽そうだったから」。今ではもう、すっかり蔵人です。
-最後に一言お願いします。
はたらくと、おのずと商品に興味を持つと思います。それで十分です。あとは素直にはたらけたら。
おいしさの枠を、一緒に広げてみませんか。
<この記事をつくった人>
コントリビューター(美吉野醸造さんと繋いでくれた人):早稲田緑さん/奈良県川上村 写真と文を書いた人:大越元